コラボヘルス タクシー・ハイヤー業界

「最近、どう?」
命を運ぶドライバーへの健康キーワード。
京都の足となるタクシー業界では、
「健康改革」が始まっています。

コロナ禍が落ち着き、京都にはにぎわいが戻ってきました。観光需要も復調し、タクシー業界は大忙しです。
 しかし、その反面、タクシーやバスなどのドライバーが乗務中に体調不良となり、事故などを起こすケースが増えているとのこと。また、ドライバーは職業柄、長時間の座位、運動不足、水分補給が少ないことから生じる健康課題が多いという話も。
 命を運ぶタクシー業務にとって、ドライバーの健康課題の解消は必須となってきています。タクシー業界の中で、これらの問題に気づき、いち早く健康経営に取り組まれている宇治第一交通株式会社と山城ヤサカ交通株式会社のお話を、協会けんぽ京都支部の広報担当者が、保健師と管理栄養士と一緒にお伺いしました。

タクシー・ハイヤー業界の健康課題

タクシー会社で働く男性労働者のメタボリスクは1.3倍

京都府内の男性労働者(被保険者) 150,616人のうちタクシー会社勤務の男性5,153人の令和4年度健診データを調査

タクシー・ハイヤー業界の健康課題

年齢調整オッズ比
※令和4年 協会けんぽ健診データ

良い生活習慣

  • ・早食い-17%
  • ・夜間間食-13%
  • ・飲酒習慣-35%
  • ・飲み過ぎ-50%
  • ・睡眠不十分-8%

悪い生活習慣

  • ・喫煙+43%
  • ・寝る前の食事+140%
  • ・朝食欠食+53%
  • ・体重増加+10%
  • ・血圧リスク+18%
  • ・脂質リスク+32%
  • ・メタボリスク+32%
  • ・糖尿病リスク+11%
  • ・運動不足+61%
  • ・歩行不足+156%
  • ・歩行速度低下+22%

※京都府内の男性被保険者を100%とする

医学博士 坂根直樹

翌日の仕事に合わせた良い習慣と悪い習慣があり、「禁煙」「運動不足解消」「寝る前の食事を考える」ことで、健康に、安全に、仕事ができます

自動車運転者には、「働き方改革」が求められる

「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(厚生労働大臣告示)では、タクシー・ハイヤードライバーの時間外労働の上限は、令和6年4月より、原則月45時間、年360時間、臨時的特別な事情がある場合でも年960時間と定められている。

「人生100年時代」といわれる現代

健康で過ごすこと、働くことが当たり前となりつつあり、会社もまた、従業員が社会で活躍し続けられるよう支援することが求められ、今は、その過渡期にあるのではと考えます。インターネットやAIの普及によりコミュニケーションの利便性は高まりましたが、今回インタビューに対応いただいた2社のお話によると、“人と人”による健康づくりの働きかけと、健康診断の受診と結果に基づく対応が、とても大切だと認識しました。

宇治第一交通株式会社 宇治営業所 取締役所長 上田智之さん(写真右。以下、上田)
山城ヤサカ交通株式会社 総務部 広報人事課 課長 網島透さん(写真左。以下、網島)

タクシーは命を預かる仕事
管理監督者から始める健康意識改革

タクシー業界の中でいち早く健康経営に取り組まれたきっかけは?

上田さん

私たちが乗務する京都は日本有数の観光地です。世界中から多くの人々が集まる一方で、タクシー業界は深刻な人手不足に直面しています。この問題を解消するためには、会社やそこで働く従業員が明るくいきいきとしていなければだめなんです。

網島さん

当社でも同じ問題を抱えています。ドライバーの流出を止めるためには、会社が健康経営に取り組み、健康を害して働けなくなることを阻止することが大事です。

とくに力を入れて取り組まれていることは?

上田さん

私は営業所を代表する立場として、日頃から元気な声で挨拶することを心がけています。面接のときに、明るくしゃべる人が前にでて会社のアピールをすると、求職者に魅力を感じてもらえると思っています。その姿を見て、「ここで働きたい」と言ってくれる人が増えています。

網島さん

当社では、就業規則を見直すことで乗務員数が増員しています。私は人事の立場から健康経営に携わることが、ドライバーの採用や、タクシーの稼働体制の維持に繋がると考えています。ただ、変わったことはしていません。一般企業と同様の内容に取り組んでいます。以前のタクシー業界はそこが弱かったように思います。

2社ともに働きやすい職場を目指して人手不足の解消に努めておられますが、働きやすい職場とは?

上田さん

近年、体調不良や意識障害など健康状態の悪化が起因の交通事故が起きています。タクシーも例外ではありません。
タクシーは命を運ぶ仕事です。脳梗塞や心筋梗塞など、健康リスクにどう対処できるかということを考えると、管理している人間が、事前に健康に気をつけなければいけません。私は必ずドライバーに「行ってらっしゃい」「お帰り」と声をかけるようにしています。そして、ドライバーを含む従業員自身も健康に関心をもつよう、私自身が犬を飼って散歩するなどで体重を減らし、食事にも気をつけて健康管理をしています。
それが安全につながり、従業員にとっては安心して働くことにつながっていると考えます。

網島さん

私も太るのが嫌で通勤は10km以上ランニングをしていて、その姿を従業員も見てくれています。また、就業規則なども見直して働き方改革も進めています。
ドライバーが「改善基準告示」※1を理解していないことが問題だと思っています。拘束上限時間の16時間まで働けると思っているようです。そうではなく、「何時からは残業となるから何時までしか働けない」という意識をつけていくことが大切なんです。勤務時間が定時化することで、ワークライフバランスが充実し、働きがいのある職種に変わりつつあると感じています。

※1自動車運転者の労働時間等の改善のための基準

事業所における健康づくりのコツを教えてください

上田さん
上田さん

24時間タクシーを回すには、ドライバーの食事や睡眠時間が不規則になります。その結果、高血圧の悪化や糖尿病が増えてしまいます。これらを早めに発見して治療するためにも、全員に健康診断を受けさせることが重要だと考えました。
病気が見つかれば、しっかり治療をしながら仕事をしてもらうように会社がバックアップしています。健康な人は病気にならないように健康を維持する生活をしてもらうように働きかけています。また、健康セミナーの実施なども行っています。

網島さん

会社は病院ではありません。従業員を健康にさせるためにあるのではなく、健康な人を働かせることが役割です。タクシードライバーの高齢化といわれますが、フルタイムで働けている65歳以上のドライバーは健康だから乗務しているのであり、健康意識も高いということです。
一方で、若いドライバーは健康意識が低い人が多いと感じています。そのため、入社研修で健康について教えるようにしています。1日の歩数、アルコール量のチェックはもちろん、睡眠アプリを入れて睡眠の質を確認したりと、記録に残して健康を意識させています。健診受診後は、上司にあたる運行管理者に健診結果を確認してもらい、各々面談を実施してもらっています。顔色が悪いドライバーには血圧チェックなどを行い、悪いときは病院へ行ってもらうなどの働きかけもしています。

筆跡や見た目にも出る健康状態を日々チェック!

会社の取り組みの従業員への浸透は?

上田さん

健康経営の取り組みを浸透させるためには、従業員一人ひとりの健康を気にかけることが大切です。当社では点呼のあと、顔を見て健康具合も確認しています。そこで顔色が悪い人などには、個人面談を行うようにしています。
顔色や声だけでなく、日報の字も見てもその日の体調の変化がわかるんですよ!たとえば、健忘症や認知症の傾向があったり、血圧が高いと、これまでしっかり書けていた文字が書けなくなったりするんです。とにかく、目で見て判断し、しっかり対話して伝えるようにしています。

網島さん

深刻な人員不足のタクシー業界において、要精密検査の人は車に乗せないと言ってしまったら、タクシードライバーがいなくなってしまいます。そうではなく、要精密検査の人をどうやって経過観察などにしていくかが必要です。そのために、健康診断をきっかけにして一人ひとりに声をかけるようにしています。
「最近どう?」って。面談みたいにすると堅苦しくて何も引き出せないと思いませんか?「最近どう?」って聞かれたら、大抵、なにか話してくれますよ(笑)

上田さん

健康じゃなさそうな人に「いつもどんなものを食べるの?」とか、何げなく話しかけて、健康状態を聞くようにしています。そこでつらそうなら病院で診てもらうことを根気よく伝えます。どうしても病院に行けない人には、アプリなどを使って管理する方法なども教えています。

網島さん

服装の変化で体調・心境の変化を見ることができます。健康じゃないと、服装がだらしなくなってきたり、マイナス思考になりがちです。そんな人には、会社が健康に意識を向けているという姿勢を見せるのが大事です

ドライバーさんが健康管理をしやすい社内制度などはありますか?

網島さん

当社は土日祝を休みにする勤務シフトを導入しました。休みが固定された働き方は、生活を安定させます。この取り組みの結果、ドライバーへの応募者が増えました。
以前は、「ドライバーが多く、お客さんが少ない。でも売り上げはこれだけ必要」という崩れた環境のため長時間労働でしたが、今は労働時間が減っていながら賃金を上げることができています。健康的な生活が生産効率を上げていることが証明されています。

上田さん

当社もドライバーの健康状態がよくなって生産性が向上しています。ドライバーが多かった時代は、他のドライバーにお客さんを取られるから残業してでもお客さんを取りに行く世界でした。現在はお客さんに待ってもらいながらタクシーを運転する状況です。しっかり休養する時間を確保でき、労働時間は減っても売り上げは目標に到達できるようになりました。

とくに健康意識が高い、あるいは健康的な活動をしているドライバーさんはいらっしゃいますか?

網島さん
網島さん

2023年に開催された「G7広島サミット」のハイヤードライバーを担当した従業員が1名います。選ばれるために心身の健康管理を行い、結果、国際評価も高かったと聞いています。

上田さん

当社のドライバーは60代が多いのですが、太っている人はいません。これは修学旅行の引率が多く、子どものペースに合わせてついていくという体力的に大変な業務をこなす必要があるからです。

「睡眠時無呼吸症候群」は生活習慣病の延長線

気になる健康課題はありますか?

網島さん

とくに深刻なのが「睡眠時無呼吸症候群」。従業員全員をチェックするのは難しいですが、採用面接の段階で睡眠時無呼吸症候群の口頭チェック(いびきや無呼吸症候群経歴など)を行うことで早期発見に取り組んでいます。

上田さん

当社も睡眠時無呼吸症候群が原因で倒れる人が、いつでてもおかしくないと思っています。10月からは睡眠時無呼吸症候群のスクリーニング検査を行います。会社が1万円補助して、検査を受けてもらいます。それから運動することの大切さについても、従業員の理解度が少ないと思っています。体を動かすことで、多くのメリットがあると認識してもらい、「歩きたい」「運動したい」という気持ちにもっていきたいと思っています。楽しみながら健康づくりができるように、アプリなどでポイントをためて懸賞に応募するなど、運動表彰を作りたいです。

保健師

睡眠時無呼吸症候群の原因のーつは肥満です。また、他には飲酒、鼻の病気、扁桃腺肥大、舌が大きい、顎が小さいなどの原因があります。肥満対策には活動量だけではなく食事量も大事です。自身の生活で変えられる部分を工夫してほしいと考えます。
よくあるのが、座りっぱなしのお仕事だから運動を頑張らないといけないと思っている人が多いです。運動ができればいいですが、万が一できなくても、まずは座り続けることをやめることが大切です。例えば、待機しているときに車の外に出て立ち上がるだけでもいいんです。座っている時間が長いことで、血行不良と代謝の低下を引き起こすことにより、死亡リスクの増加や循環器疾患発症と関わることがいくつかの国から報告されています。

管理栄養士

肥満の方の食事については、栄養不足にならずに脂肪を減らすことが理想です。ただやせればいいということではなく、筋肉をつけたり、血圧、血糖、脂質の数値を改善することが望まれます。そのためにメタボリックシンドロームの方、予備群の方は特定保健指導をぜひ毎年受けてほしいと思います。

さらに健康経営を充実させるためにぜひ特定保健指導も活用してほしいと思っていますが・・・

上田さん

2年続けて特定保健指導を受けるようにすすめましたが、一度受けた人は断る人が多く、あまり受けてくれないんですよ。

管理栄養士

特定保健指導の内容は毎年同じと思われがちですが、その時のその方の健診の数値を見ながら活動量に合わせた食事の方法や内容をご提案するので、2年目以降はアドバイス内容も変わります。また、食事制限をするわけではありません。我慢しなくても内臓脂肪を減らせる方法があると知ってほしいと思います。

網島さん

健診だけでなく、アフターケアもしてもらえる医療機関と契約しています。健診日も会社で指定し、最終日までに健康診断を受けなかった人は、健康診断を受けるまでは乗務させないようにもしています。そのため、ほぼ全員が健診を受けています。
特定保健指導の案内は、診療所から直接対象者に連絡がいくようになっているので、利用率は100%です。また、疲労ストレス度チェックの新しい器具を協会けんぽからお借りして実施したりもしています。

保健師

保健指導では、不特定多数の人に対する一般論ではなく、働き方やライフスタイルなど、個々人に合った指導を行っています。また、指導という言葉から「何かしなさい」と押しつけられると思われてしまいがちですが、ご本人と相談しながら無理なく取り組めそうなことを提案するようにしています。

上田さん

「メタボだったので米の食べ過ぎをやめた」「意識して歩くようになった」など自分で健康を意識して実践している人もいますが、ぜひ特定保健指導においては、会社ではできないアドバイスをしていただけたらと思います。

事業所も、健康の現在値(いま)をみることが、とても大切

健康経営®は会社だけの取り組みは成立しない。
従業員の理解が必要不可欠。
そのためには、日ごろから従業員の様子を見て、気づいて、声をかける。
従業員は、それにこたえて自身の健康を振り返り、体の現在値(いま)を知ることが大切。
※「健康経営®」は NPO 法人健康経営研究会の登録商標です

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